言葉は人の心を動かすパワーがあることを忘れない

言葉って大切

今日は、言葉は心を動かすとても力を持つものだから、

言葉のプロはプロである誇りを捨てない仕事をしてほしいし

私たちは、自分の目と心で、確かめる姿勢が大切だ、と思った話です。

 

一週間ほど前に、バッハ会長が東京オリンピックの無観客が決定したことを受け「残念だ」と言った、というニュースが大々的に流れました。私もそのようなニュースを見て、残念???はぁ???と疑問に思いました。

ネット上でも、大々的にブーイングがおきました、というか大荒れでした💦

が、そのあと「残念」というのが誤訳なのではないか、という別の翻訳家さんの意見が出ました。

それに対して、またネット上で「この翻訳家はこれまでも〇〇な主張を繰り広げてきたやつだ」みたいな声が大きく上がりましたし、なぜか人の命とオリンピックとどっちが!!!みたいな話になっていきました

 

「誤訳か、誤訳ではないのか問題」が、なぜかオリンピック反対賛成論の戦いになってしまっているのが

なーんか、ずれてないかなぁ、と思うのです。

 

そもそもバッハさんがどんな人だとか

IOCがどうだとか

いまオリンピックをやるべきかどうか、とは別なところで

 

「誤訳があったん?なかったん?どっちなん??」と思って

やっと、原文読んでみるか、と重い腰を昨日やっと上げたのでした。

何故腰を上げるのに時間がかかったのかと言うと、

えーーー、プロの翻訳家が誤訳するような文章なんでしょ、難しいに決まってるやん、とか思いこんでいたのです💦

 

が、調べてほんの1分後

なーんのこっちゃない、めっちゃ簡単な文やん、という拍子抜けの結末。

 

"This was a really difficult one and we all regret the consequences for you the athletes but also for the spectators," Bach said from Tokyo in a video message to athletes.

 

「『今は大変難しい状況下であり、アスリートの皆さんや観客(の予定だった)方々のことを思うと(この無観客という』決定は私たちにとっても遺憾です』と、バッハ会長はアスリートたちに向けたビデオメッセージの中で述べました」

 

???

別に変なことなんも言ってなくない???

 

regret の部分が「残念」と訳されてしまったのでしょうが

「残念」が「誤訳」かと単語単位で言えば、別に誤訳ではないと思います。

誤訳ではないけど、訳文読んでもらえればわかる通り

「なーんだ、観客入れないのか、無観客なのはボク残念だなぁ」とか言ったわけでは全然ない。

 

なんだろう・・

単語としては「残念」は間違ってないけど

「何がどうだから残念と言ったのか」が完全に抜け落ちてますよね。

観客入ったほうが楽しいのにーとか

観客入ったほうがお金になるのにー、とかなら非難ごうごうになっても仕方ないですが

 

あきらかに、「『これまでオリンピックの観客の前で最高のパフォーマンスをすることを目指して頑張ってきたアスリートの皆さんにとって、楽しみにしていたであろう観客の皆様にとっても、無観客というのは大変残念な結論ですが、今は大変な状況下ですから」と、選手たちの気持ちを思ってビデオメッセージで伝えました」という、ごく当たり前の意味の中での「残念」です。

 

「残念」という単語の訳が誤訳なのではなく

前後がスパッと抜け落ちた「見出しのつけ方」に問題があった、という見方に私は1票です。

というか、世の中の英語読める人はほぼみんな

「誤訳ではないけど、日本語の切り取り方で意図が曲げられてしまっている」と感じるんじゃないかなぁ。

 

そもそもバッハ会長がどんな人だとか

いまこの状況下でオリンピックをやることが是か非か、という問題は完全に別の問題としてわきに置くとして。

 

この大変簡単な、たぶん高校生でもさほど間違えずに訳せるであろう文が、ネットで大論争を起こしてしまうような「バッハ会長無観客に『残念』」という

わざと?

ねぇ、わざと誤解を煽ろうとしてるよね?

みたいなタイトルに、「なっていまった」のか「わざとした」のかが気になります。

 

元々翻訳した人が英語能力ではなく日本語の感性が鈍さが原因でタイトルを「そうつけてしまった」のか

それともわざと「論争を引き起こしそうな見出しにしとけばみんな読むやろ」とおもって意図的にセンセーショナルなタイトルを付けた」のか

 

そのどっちかなのか。

そこ、大きな問題じゃないでしょうか。

 

そして、その是非もまた置いておくとしても

 

さらにもう一つ怖いのは

誰かの言語感性の低い訳を読まされることで、日本全体が無意味な怒りに覆われてしまうことや

今回の件で「おい、なんか日本人たち怒ってるぞ」ってニュースが海外に流れることの怖さも、考えたほうがいいんじゃないかなぁ、と思いました。

 

だって、どう考えても、選手の気持ちを思ってふつうのことを述べた部分を聞いて、日本人たちそーと―怒ってるよ、ってなったら、世界にとって「日本人、まじ意味不明な民族じゃね?」ってことになりませんかね?

 

実はバッハ会長がらみの誤訳騒動はもう一つあるのですが、

それも、原文を読みましたが、それも先ほどの「残念」と同じで、

単語の意味としては訳は間違ってないけど、言ってるニュアンスは、日本語に訳されてしまったときと全然違う。原文は別に変なことは言ってないよね??と読み取れるものでした。

 

ニュアンスってすごく微妙で

でも、人の気持ちにとってはとても大切なものですよね。

 

同じ言葉でもいい方によって、まっすぐ伝わることもあれば、嫌味に聞こえることもある。

 

ましてや、違う文化で育って、違う言語を話す人とコミュニケーションをとるのって、齟齬の落とし穴はたくさんありそうです。

 

regretが「残念」と訳されるのが正しいけど意図が違うことがあるように

他の単語でもそのような捻じ曲げ方は簡単にできてしまうし、うっかり起きてしまうと思います。

 

例えば、みなさんご存知のsorry

sorryという文字を見たら、多くの人が「ごめんなさい」と謝っていると感じると思います。

ところがこのsorryは、謝るときにも当然使うけど、別に謝ってるわけじゃない時でも頻繁に使います。

それこそ今回のregretと同じ、遺憾の意みたいなときに多く使うんです。

 

・お気の毒です

・それは残念ですね

・あらー、大変でしたね

 

こんな文脈では I'm sorry to hear that.

って普通に言います。

 

「とても残念な結果ですが、こんな状況ですから」という文脈でsorryを相手が使ってきたときに

翻訳によっては「あいつは謝った」と切り取る可能性もなくはないわけです。

そんな可能性はなくはない

でも、「とても残念な結果ですが、こんな状況ですから」って言った相手って本当は絶対謝ってはないですよね?

仕方ないからこの状況を受け入れましょう、としか言ってない。

 

こんな齟齬の生じやすい、そんな落とし穴だらけのコミュニケーションなのに

こんなに人の心を大きく作用してしまう言葉としてのツールを

たった一人だけの翻訳家に、日本全体が頼ってしまうことの危うさ。

それがニュースになったときに、多くの日本人が原文を読まずに、たった一人の翻訳家の紡ぐ言葉をそのまま信じてしまう危うさ。

たとえ翻訳家が正しく訳していたとしても、たった一人の報道の切り取り方によって

日本全体が本来の意味と大きくそれたところへ動かされてしまう危うさ、

そんなことを考えさせられました。

 

もうすぐ自動翻訳機が出てくるから、英語なんてやっても意味なくね?とかいう言葉を最近よく聞きますが、人間の脳に遠く及ばない翻訳に、日本全体が頼ってしまおうとしていることの危うさも、思わずにはいられない騒動でした。

 

posted by 英語担当 加純

 

世界中にあふれる多くの情報を、自分の脳で知って判断したい、と思った方

 *英語の学び直しをしたい方へのブログもやってます

 

-------------------

 

福岡県 行橋市 アイキャリアビジョン

 

■お仕事相談■

・キャリアカウンセリング

・履歴書、職務経歴書作成支援

■各種講座■

・パソコン

・パソコン検定対策

・英語

・簿記

・資産運用

・マナー

・食と健康

・マインドフルネス

■自己理解とメンタルケア

・カウンセリング

・バースチャート 

 

 

*その他、ご相談に応じます。

 オンライン講座もあります。

 まずはお気軽にお問合せください。

  NPO法人 アイキャリアビジョン

   行橋市中央2-12-12

 

    TEL:0930-37-1094